エンプロイヤー・ブランディングについて その2

プロローグ

ある日、あなたはスマートフォンでSNSを開くと、長い付き合いのある友人がそれまで勤めていた会社を辞め、1年前に、あるベンチャー企業に転職したことを知る。投稿には、友人が迷った挙句に決断したことや、どのような希望を持って入社したか、どこに魅力を感じたか、どのような仕事に取り組んでいるのか、1年を経過してどんな思いでいるか、長文が記されていて、フレンドからの多数のリアクションやコメントがなされている。そして、投稿の下には友人が勤めている会社のサービスを紹介するサイトが画像と共に表示されていた。あなたは、友人が思い切って転職した入社先に興味を覚えた。なぜなら、友人が前に勤めていた会社は待遇も良く、誰もがうらやむような大企業だったし、友人自身がそこでは将来を見込まれていたと風の噂で知っていたからだ。あなたは友人が貼ったリンク先にアクセスし、どこかで見た記憶のあるサービス名とロゴ、内容の詳細を目にする。そして、SNSで友人にコメントを送った。「新しい環境で大変かもしれないけど、やりがいのある仕事みたいだね。応援してるよ、このサービス使ってみるね。今度ぜひ話聴かせてね!」。

通勤中にそのニュースを見て驚きを覚えながらも、午前中の仕事を終えて、あなたは友人の勤め先についてもう少し調べようと思った。試しに会社が提供しているアプリを探して口コミを見ると、おおむね高評価が並んでいる。立ち上げて数年のためトラブルは付き物のようだが、スタッフによる適切なサポートやフォローが特に評価が高い要因となっていた。あなたはアプリをインストールして利用登録を行い、アプリに他のユーザーが掲載している商品を購入してみた。元々買おうと思って探していた物だったし、安くはないが妥当な価格だと感じた。職場の若い後輩にこのサービスのことを聞くと、ヘビーユーザーで週末の休みによく利用しているとのことだった。デザインや仕組み、使いやすさ、サポートも良くて色々な人に勧めているが、あなたが使うとは何となく意外だと言った。友人が転職したことを伝えると、「今、急成長の企業だから人手が必要なんでしょうね、忙しくて大変そうだけど楽しいだろうな、うらやましい~」と返した。

数日後、SNSの通知で友人があなたのコメントに返信したことがわかった。「コメントありがとう!久しぶりに会って話さない?来週の土曜日はどう?」―あなたは友人の話や新しい会社のことを聞いてみたかったので、二つ返事で会うことにした。そして、暇があるときはアプリを触ってみたり、会社名を検索して現れる情報を見たり、求人情報や現社員・元社員による口コミサイトのコメントを読んだりした。

友人とあなたは、久しぶりの再会を祝って一通りの近況報告や世間話をした。あなたが会社のことを尋ねると、友人が「うちの会社で働いてみない?」と藪から棒に言ってきたので驚いた顔をしていると、友人は会社に入る経緯に始まり、入社後1年の間に経験したことを筋道立てて、詳しく話してくれた。友人が語った話のほぼ全てがネットに載っている情報と合致していたし、さらに具体的なエピソードなども聞くことができた。特に印象的だったのは勤務初日のことで、同日に入社した数人と一緒に社内で歓迎を受けた後、役員を中心としたコア・メンバーが熱心に会社の目指すところや仲間に期待していることを明確に伝え、かつ、自分たちの話もよく聴いてくれて信頼関係の構築を心がけていることが、よく伝わったということだった。全社員が多忙な日々を送っていて、組織で働く上ではつきものの多少の不満を持つ人もいるが、そういった相互を理解しようとするコミュニケーションを欠かさないし、今度は自分たちが新しい社員を歓迎する役割を担うのだと嬉しそうに言った。ネットに書かれていた問題点についてそれとなく質問したが、社内サポートの役割を持つスタッフが定期・不定期に社員と面談の機会を設け、情報を吸い上げて改善が繰り返され、職場環境を良くしようとする努力が常にされていると友人は答えた。

中途入社にありがちな、入社後のOJT中心の教育だけで後は放置されるのではなく、週に一度、部内で「ノー・レイティング面談(※)」が行われて慣れない仕事が円滑に進むような仕組みがあり、定期的に開催される社内講師による研修は希望すれば誰でも受けられる。

※No Rating:順位付けしない評価面談、あるいは、年に一度しかない業績考課面談を止めること。上長や同僚から直近の業務や成果に関するフィードバックが行われ、困っていることや悩みがあればアドバイスや適切なサポートが受けられる。

また、会社全体に関わる問題や制度については役員に直接相談し、提案できる環境もあるという。余裕が出てくれば社内講師になって、前職での経験や最新知識・スキルを共有する場も作れるので、教育環境が整っているだけでなく、自己のキャリア開発にも柔軟に取り組めると友人は説明した。さらに、何らかの理由で会社を辞めることになったら、希望すれば、人事の役割を担うスタッフが上長や同僚に対するヒアリングを行い、「推薦書兼アドバイスレポート」を作成してくれ、さらに、取引のある会社や役員・社員が「良い会社」と思う企業情報が掲載されたリストが渡され、再就職に関するサポートが必要に応じて行われる。そして、退職面談の最後にそのスタッフから「もし戻って来たくなった場合」の連絡先を教えられ、退職後も会社に関する情報を発信したり、連絡したりしてよいかどうか尋ねられるのだという。友人は、その話をお世話になった先輩から聞いたと言った。その人は、たまたま親の介護の関係で実家に戻らないといけなくなったが、会社の退職サポートのおかげで、地元で柔軟に働ける職場が見つかり、親のことが落ち着いた数年後に会社に戻って来た。もちろん、全員が円満に退職するわけではないけれども、大切なことは入社前から退職する時まで、社員が一緒に働く仲間として扱われ、敬意を払われ、色々なことを気遣われ、必要に応じてしっかりとしたステップが用意されているということだった。

あなたは一通りの話を聴き終えると、「私が働いている所とはだいぶ、というか、まったく違うね」と言った。友人は笑いながら、自分も前の職場とあまりにも違いすぎて、良い意味で衝撃を受けたらしい。社長が中心になって、「ユーザーに対して良いサービスを提供するには、働く仲間に対して出来る限りのサポートを行い、生産性を上げる組織環境を整えることが最優先だ」と繰り返し訴え、それを具体的に落とし込む文化があるのがポイントだと思う、と友人は言った。入社当初、友人の給料は前職に比べて下がったが、職場の雰囲気や仕事内容、やりがいを踏まえると納得して受け入れられたし、2年目になって社内のバランスを考慮した上で、給料が上がったという。

別れ際に、「興味があったら一度会社に見学に来てみて」と名刺を渡された。そこには、友人が掲げるスローガンと一緒に、自然な笑顔の写真が載っていた。

「エンプロイヤー・ブランド」の経験

この物語は、「顧客」と「求職者(採用候補者)」、そしてある組織で実際に働いている「現社員」(インターネット界隈の、いわゆる「中の人」)の3つの視点を意識して書かれたものである。

「あなた」は何気なく開いたSNSで、友人が勤める企業のサービスを知り、興味を持ってアプリを使用する。元々、どこかで見かけた広告によって記憶にもあり、「試してみよう」と思い、その使用感を覚える。そして、後輩の口コミでサービスの浸透具合を知り、使用する価値を確認した。これは一人の消費者としてどのような人々にも起こりうる、「商品(サービス)ブランド」の経験である。この経験を通じて、人は特定の商品やサービスに対する価値イメージを形成し、ブランドへの信頼感を持つに至る(ブランドは、「焼き印」を意味する)。

一方で、「あなた」は、大企業に勤め、将来を約束されていた「友人」がそのサービスを展開するベンチャー企業に飛び出して行ったことにも興味を持つ。転職を考えたかどうかは別にして、あの「友人」が勤め先として覚悟を持って選んだということから、その会社にどのような魅力があるのか、純粋に知りたいと思っただけかもしれない。今では、多少名の知れた企業であればインターネットに様々な情報が載っているため、内外から見た企業の実態を、一定程度まではつかむことができる。

そして、実際にそこで働いている「友人」から詳細を聴く。それは、入社前から入社後1年のしっかりとした時間と根拠のある話であったし、先輩社員が経験した、「退職」から「同じ会社への再就職(ブーメランとも言う)」の話も聞き、さらには自分が持っていた疑問を解決することで、「あなた」は企業の姿を実感する。

自分のことをある程度知っている人から「一緒に働かないか?」と誘われて、「あなた」はどう反応するだろうか?

この、「あなた」と「友人」がそれぞれ実際目の当たりにして、耳にして、頭と心で確信した一連の出来事によって作られたイメージが「エンプロイヤー・ブランド(雇用者としてのブランド)」であると言える。エンプロイヤー・ブランドは、決して「採用」だけに影響する概念ではない。求職者としての立場から、入社後に社員として経験・享受する諸々の価値(経済・心理面含む)、そして退職(あるケースでは、同社への再就職)という、一連の流れを総合的に捉えた概念である。この一連の流れを「雇用ライフサイクル」と言い、エンプロイヤー・ブランディングは雇用ライフサイクルに対して全体的なアプローチを行って、サイクル上の重要なポイントを意識的、かつ、具体的に改善・強化をなす。

これまで、多くの企業が「商品・サービスブランド」を重視して、「顧客経験」(「ユーザー」を含む)の改善と強化に多くの投資を行ってきたし、そのことが成否はあれども、企業に利益をもたらしたことは間違いないだろうと思う。今後の流れとしても、止まることはない。しかし、「良い顧客経験を生み出すために必要なものは何か?」をよく考えた場合に、そのサービスを提供する側にいる人、つまり、従業員や社員と呼ばれる働き手のことがないがしろにされてしまうと、望むような結果は生まれないかもしれない。

近年の「働き方改革」の動き、そして、まさに現在注目されてきているセクハラ・パワハラ等のハラスメント対策について、エンプロイヤー・ブランディングとの関連性を見る向きがあるかもしれない。サービス残業の問題がなくなり、意図的で悪質なものから何気ない会話の中に潜むものまで、ハラスメントがなくなれば職場環境としては当然良くなるだろう。しかし、終局点として、その企業で働く人は友人や知人に、一緒に働く場として自社を勧めるだろうか? また、そこで働いている人たちは、自社で働くことに誇りを持ち、モチベーションを維持・向上するチャンスを得て働いているだろうか? そして、何かしらの理由で辞めてしまった後も、自社で得た経験を自然な前向きさで捉えられているだろうか? エンプロイヤー・ブランディングの目指すところは、これらの問いに誠実に答え、企業の「働く場としての価値」を常に高めていくことに他ならない。

ほとんどの場合、ある問題を生み出しているそもそもの原因になっている人たちが、これまでと同じ目線や視座で問題解決を図ろうとしていることに一番の問題がある。その解決をするためには、解決に大きな役割を果たす人の意識や認知(世界や物事の見方)を、次の発達段階へとアップデートしなければならない。エンプロイヤー・ブランディングは、その一助となる概念かもしれない。

エンゲージメント(つながり)の強さ

ここ最近、「エンゲージメント(Engagement)」が注目され、各種の記事やセミナーで用いられ始めている。元々は「婚約」を意味する言葉だが、「つながり」や「絆」などの「関係性の強さ」という意味合いで使われる。会社と従業員の間にエンゲージメントがあれば、働く人は夢中になり、熱意を持って仕事に取り組む。さらに、自社と従業員との間にエンゲージメントが築けていれば、従業員の離職率は下がるし、モチベーションを保って生産性が向上する。自社と従業員にエンゲージメントがあるかどうかを確かめ、もしなければ生産性が低い理由やモチベーションが上がらない要因に結びつけて、課題を考えて行くことになる。

2013年に米ギャラップ社(世論調査や人材コンサルティングを手掛ける)が実施したエンゲージメント調査では、世界の働き手(ワーカー)のわずか13%が「自身の仕事にエンゲージメントを持っている(熱意を持って仕事に取り組んでいる)」という結果だった。63%はエンゲージメントがなく、24%は積極的に「婚約破棄」をしている、つまり、自覚してやる気なく仕事に取り組んでいるということだ。

日経新聞オンライン2017年5月26日付けの記事を引用しよう。

“米ギャラップが世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査によると、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことが分かった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139カ国中132位と最下位クラスだった。企業内に諸問題を生む「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」は70%に達した。”

顧客経験を良いものにして商品イメージの構築に成功し、顧客ロイヤルティを高める(ファンを作る)ことが、企業の売上と利益に直結することは疑いがないだろう。法人営業担当者であれ、コンビニの店員であれ、カスタマーサポートのオペレーターであれ、彼・彼女らのやる気のない態度や言動に接すれば、顧客ロイヤルティは下がるし、代替品や他サービスがあれば鞍替えする。より良い顧客経験につながる前提として、働く社員の職務満足度の高さ、生産性の高さ、そして離職率の低さが必要なプロセスとして存在するのは間違いがないだろう。外部からは見えないこのプロセスの改善こそが経営のカギであり、社員が職場で経験することをより良くする意味が見出せるのではないだろうか。

「よしわかった! ならエンゲージメントを高めればいいんだな!」と安易に飛びつくのは構わないが、そのアプローチは簡単ではない。エンゲージメントにのみ着目して打つ手は、やはりこれまで通り断片的で「次がない」ものに終わってしまう可能性が高い。もちろん、やらないよりはマシかもしれないが、エンゲージメントを高める施策をより上位の戦略的観点による各取り組みへと組み込む方が、生産的な結果につながる。エンプロイヤー・ブランディングは、社員の職場での経験に対して全体的、かつ、体系的なアプローチを行うため、それまでバラバラに統一感なく行われてきた具体的な取り組みを、統合して一つの「美しさ(整ったイメージ)」に仕上げることになる。

「従業員経験(EX=Employee Experience、従業員エクスペリエンス)」について

ここで、「顧客経験」に対する概念として、「従業員経験(EX)」を「ある企業で働いたことがある人が、その企業を通じて得られた経験全体」という意味で用いたい。「従業員経験」は、社長(トップ)や上司・同僚・後輩を含む人間関係、労働時間や待遇・評価・福利厚生を含む労務環境、デスクや椅子の使いやすさ、PCの質、基幹システム、室内の清潔さ、通勤アクセスなどの物理的な職場環境、顧客、取引先、ステークホルダーなど、従業員として働く間に接する有形・無形のもの全てを含む。

「従業員経験」は、働き手の認知や会社に対する愛着に影響を与える。一度形づくられた認知と愛着は、会社におけるその人の「行動」に作用する。また、従業員が入社後にどう行動するかはエンゲージメントに強く関係しており、結果として成果に結びつく。ただし、成果はエンゲージメントの質によってプラスに振れるかもしれないし、マイナスに傾くかもしれない。

「またぜひ使いたい」と思えるような、素晴らしい顧客経験が偶然には起きないのと同じように、従業員経験も偶然良いものにはならない。営業メンバーが「プラスの従業員経験」を得て職務満足度が上がれば、顧客に対してもプラスの経験を持ってもらいたいと思える余地は十分にある。惨めな思いしかしていない営業メンバーは、「何のために苦労しているのか?」と仕事本来の目的を見失い、自社と顧客を見捨てて、より良い職場を探し始める。

「プラスの従業員経験」を創るために

それでは、どのような考え方に従って「プラスの従業員経験」を創り上げれば良いのだろうか? 繰り返しになるが、まず、「経験が私たちの態度を形づくる」ということを前提として認識する必要がある。「態度」とは、従業員がその仕事を気に入っているかどうか、自社で働くことに前向きかどうか、人間関係をどう捉えているかなど、自社に対する考え方や感じていることを指す。そして、「態度」が「行動」を決め、「行動」がプラスなり、マイナスなりの「成果」を生む。その「成果」とは、自社への貢献でもあり、顧客への影響から生まれる結果(売上高と利益)でもある。

この「経験→態度→行動→成果」という一連のプロセスを見た時に、ほとんどの会社では、行動や成果ばかりが注目される。そうなると、「売上が低い」とか「〇〇をしていない」とか、「△△さんはだからダメなんだ」とか、氷山の一角でしかない表層的な部分でいつまでも堂々巡りしていることになる。現状起きていることが、「経験→態度→行動→成果」の表れなのだとシステム的にとらえると、自問すべきことは「うちの従業員は、自社で良い経験をしているだろうか?」に尽きる。成果を変えるには、行動が変わらなければならない。行動を変えるには、態度が変わらなければならない。態度を変えるには、経験が変わらなければならない。このことは、近年提唱されている、「70:20:10の法則」(人が成長するための学習は、経験が70%、他人からの薫陶・教育が20%、外部研修・セミナーが10%という割合によって起きる)に親和していると思える。

「雇用ライフサイクル」へのアプローチにおける経営陣(リーダー)の役割

「従業員経験」に着目することはわかったが、ではどうすればよいのか? 次に頭に入れておくべきことは、「雇用ライフサイクル(Employment Lifecycle)」である。これは、前述したとおり、従業員が自社入社前の採用時から、入社時、入社後、そして退職(ある場合は、復職)までの経験を一連のサイクルで捉えた概念である。

【雇用ライフサイクルイメージ】

近年、若年層の離職問題について関心が特に高まっている。将来的な人手不足を見据えたときに、若い世代が入っては辞めていくことを繰り返せば、やがて企業は存続出来なくなることが明白だからだ。巷では声高に「七五三現象」が叫ばれる(大卒が3年以内に離職する割合は3割、高卒で5割、中卒は7割)。もちろん、どのような業界・企業にも当てはまるわけではなく、「人離れ」が起きやすい業界があり、企業がある。

しかし、今が良いからと言ってそれが自動的に続くわけではないし、今が悪くてどうしようもないからと放置していれば悪化するだけである。多くの企業では、従業員の採用・定着の成否、離転職の問題を人事という縦割りの一部門だけで考える傾向にある。大企業のエリートコースには人事配属が含まれる時代があったし、人口増加曲面においては、カネの問題さえある程度クリアできれば、最重要経営資源としてヒトを掲げることになり、採用、異動、評価、教育を司る人事部門がパワーバランス上の枢要を占めたことは理解できる。

ところが、もはや時代は変わった。

かつて「三種の神器」と呼ばれた家電が人々の生活様式に与えたインパクトと同等か、それ以上にインターネットとスマートフォンの普及、そして通信技術のめざましい進歩が、人々の価値観や生活、行動様式にまで影響を与え、それらのビジネスにおける重要性が劇的に高まっているのは、もはや今この瞬間の話ではない。

経営陣によるITへの理解(必ずしも本人が使えなくとも良い)と、インターネット世界において「自社をめぐって」何が起きているか把握することは、今後は経営上の重要課題になるだろう。私は何も「自社の株価」や「ネットメディアの特集記事」について言っているわけではない。「雇用ライフサイクル」の全体に、決して無視のできない影響を及ぼしているのがインターネットとスマートフォンであることを言いたい。例えば、求人募集をかけたとして、それに応募しようとする求職者がどんな情報に接するだろうか? 発信元が信用されている一般公開情報の他、SNSや匿名掲示板では個人的な見解や情報を入手することができる。さらに、複数の人材採用サイトが特定企業の口コミを掲載しているが、「従業員経験」を実際に持つ人によって会社の実態がややマイルドに、時にストレートに伝えられている。しかも、それは必ずしも真実とは限らない。

会社について好き放題に書かれている現実を知って、経営者が考えることは大きく3つだろう。1つは「口をふさぐ」ことだ。犯人探しにやっきになり、SNSや採用サイトへの口コミ掲載を従業員に禁止するパターン。だが、退職した従業員や既存従業員が会社の実態を公開したことについて、何を強制できるというのだろうか。人の声とは水のようなもので、ふさげば溜まり、やがて洪水や氾濫を起こす。2つ目のアプローチは、「放置」「見なかったことにする」である。気にはするが、特に何もしない。あるいは、忙しくて何も考えたくない、というパターン。最後は、「現実を真摯に受け止めて改善の努力をする」ことだろう。地道だが、普通の感覚ならこれしかない。大企業であれば多数の人が働いているのだから「一つの意見」程度で済まされるかもしれないが、社員が数人~数十人規模の中小企業では致命的だろう。

「雇用ライフサイクル」の観点から、自社をめぐって従業員が経験することを総合的に捉えることの意味は、局所的な対策では効果が小さい可能性が高いということである。

では、「雇用ライフサイクル」を、全体的、かつ、戦略的なアプローチで改善するには、どうすればよいのだろうか?

ほぼ全ての企業が「人事にやらせよう」「総務にやらせよう」「担当者に任せよう」といった回答を出すかもしれない。しかし、ベストの「顧客経験」を創り出すためなら、経営者は自ら執拗に、時に異常なほどに追求する。なぜなら、それが「会社の生命線」だと感じているからだ。オーナー経営者であれば自分の会社をつぶすわけにはいかない、自分が突っ込んだ金をどぶに捨てたくはない。雇われ社長であっても、自らの評価に関わるため、原因と責任追及は立派にやる。

結論から言えば、「顧客経験」を創る観点で人事や総務などの一部門だけで取り組む時代はもう終わった。断片化された業務に従事してきた人事部門には十分な予算も、余力も、気力もない。唯一、挑戦する気概のある人事担当者がいれば望みはあるが、エンプロイヤー・ブランディングはそのような一社員だけに任せるものでもない。基本的には、経営者がオーナーシップをもって、ベストの「従業員経験」を創る目的でプロジェクト化し、部門横断で機能的なチームを創ることが望ましい。入社した社員は、あらゆる部門・現場に関わることから社内の多様な視点が必要であるし、採用から入社、教育、入社後の成果創出について全社的に意識を持つには社員を巻き込むことが近道だろう。その旗振りと音頭取りは、経営者以外誰ができると言うのか。

「従業員経験」を評価する

「従業員経験」を改善するにはどこから始めれば良いのだろうか? もちろん、現状把握・分析から始まる。自社の「働く場としての価値」を従業員がどのように捉えているか、「従業員経験」の評価を通じて明らかにする必要がある。基本的には全社員に対して質問票による調査をし、余力があれば面談等を通じてインタビューを行って、定量的、定性的に全体像を浮き彫りにすることが妥当だろう。

質問調査においては「雇用ライフサイクル」に基づいて各段階における「接点」を具体化し、質問項目やインタビュー内容を策定する。「接点」とは、例えば求職時に情報を得たインターネットサイト(自社・媒体・SNS等)や、入社初日のオリエンテーション、教育担当とのコミュニケーション、社長や上司の印象についてなど、「従業員経験」にひもづく項目を考えられる限り挙げる。退職・復職は、経験がある従業員とそうでない従業員に分かれたり、人によっては特定の経験が無かったりするため、回答項目には留意する必要がある。

 「雇用ライフサイクル」全体の評価傾向を把握できたら、それぞれの「接点」について改善案を検討する。例えば、「初期教育」の評価が著しく低い場合は、教育内容や担当講師、期間、教育スタイルについて変更や改善を行う。そして、改善後に入社した従業員群を対象に調査を行えば、改善の効果を検証することが可能となる。

「従業員経験」改善における11の問題

現状評価を基礎として、「従業員経験」を改善し、「雇用ライフサイクル」を最適化するためにはどのようなハードルがあるだろうか? 立ち向かうべき11の問題について、以下に挙げる。

①就業中の従業員が会社に抱いている期待が不透明である
「雇用ライフサイクル」における従業員のニーズを満たすためには、従業員が自社にどのような期待を持っているのかを明確にする。

②従業員が持つ企業に対する感情的な結びつきに、どの「接点」が最も影響を持つか理解できていない
従業員の感情面はともすると無視されがちだが、経営者は自分自身を振り返ってみればわかるのではないだろうか。自分を突き動かすのは、重要な意思決定がなされるのは、常に感情が密接に関係していたと。従業員は木や石ではない。経営者の人間観が問われる部分だろう。

③従業員にとってあまり意味を持たない「接点」に過剰投資(時間、エネルギー、費用)し、最重要である「接点」に過少投資していないか、把握していない
打つ手が当てずっぽうで、断片的であるとこのような結果となる。

④「従業員経験」をより良くするため利用しているITツール等を過度に信頼している
コミュニケーションを効率化するために使用しているITツールは、どこか使う人の心を無視したものになっていないだろうか。度が過ぎれば、合理化や効率化は「疎外」を生み、従業員と会社の結びつきを弱くする。

⑤自社の組織文化が弱く、魅力的でない
経営者が掲げる価値観や理念は、どれだけ従業員に浸透していて、日々の行動に反映されているだろうか。組織文化レベルで経営理念や経営者の考え方が明確に実感できていなければ、単なる飾られた額に過ぎない。

⑥ブランド力をどのように強化するかというテーマについて、経営者の理解・経験が浅い
特に中小企業経営者は、営業系または技術系に特化しているタイプが多く、それ以外のことに疎い傾向がある。疎いなりに、コーポレート・アイデンティティ(CI)への意識や理解が多少あれば良いが、「そんなことをやって売上が上がるなら苦労はしないんだ」などの言説が聞かれると、それだけでエンプロイヤー・ブランディングの壁はかなり高くなる。

⑦企業が持つ各ブランド担当責任者間で、コミュニケーションが不足している(担当者間で連携ができていない)
縦割りの大企業では起こりがちかもしれないが、各自が担当しているブランドがすべてだと思っていたり、ブランド間でパワーバランスが生じているとより難しい問題になるだろう。ブランド間の連携が取れなければ、エンプロイヤー・ブランディングの取り組みがバラバラになってしまう可能性が高い。

⑧「従業員経験」の改善(ひいてはエンプロイヤー・ブランドの改善)は、優先順位が低いと認識されている
目先の問題に追われてモグラ叩きに終始し、疲弊していると長期的な視野の取り組みは難しい。

⑨「従業員経験」の改善業務に対する評価が低い、または、そもそも評価制度が無い
エンプロイヤー・ブランディングの取り組みに経営者の理解がなければ、そもそも評価されない。失敗もしたくないので、誰も取り組まなくなる。

⑩改善に取り組むための十分な予算が確保されていない
誰がどのように予算を確保するか。人事部門だけでエンプロイヤー・ブランディングに取り組むことが危険なのは、やはりお金の部分だろう。企業でも行政でも、「金の切れ目が組織の切れ目」であり、予算配分が自他の意識を分ける。これも経営者の理解が必要となる。

⑪ITリテラシーが時代遅れ、または、無い
トレンドが目まぐるしく入れ替わるIT社会では、あらゆる分野で常に最前線でいることは非常に難しい。しかし、難しいなりに、組織的に学習していく姿勢は欲しい。

以上の課題を、すべて同時に解決することは不可能であるし、企業によっては永遠に解決されないテーマとして残ることになるかもしれない。しかし、エンプロイヤー・ブランディングは常に改善し続けることが何よりも重要であるので、少しずつでも前進することができれば、十分ではないだろうか。

スマホの爆発的普及

電車に乗ってふと周りを眺めると、8割~9割方の人がiPhone等のスマートフォンを触っている。そのような光景に何度も出会ったことはないだろうか。

総務省が公表する「平成29年版情報通信白書」によれば、スマートフォンの保有率は2011年に14.6%だったものが、2016年には4倍の56.8%に上昇している。さらに、世代別に見ると20代と30代では2016年時点で90%を超えており、日本人のコミュニケーションのあり方、情報の受け取り方が大きく変化していることは疑いが無い。

【スマートフォン個人保有率の推移】

(総務省 数字で見たスマホの爆発的普及(5年間の量的拡大)平成29年版情報通信白書 より)

近年の格安スマホの登場や主要キャリアの積極的な販売攻勢を踏まえれば、2018年の状況はさらに変化していると推測される。

コミュニケーションのあり方に変化が訪れていることを認識し、人々がどのようにインターネット情報や知人間情報に接しているかを理解して情報発信や情報共有を行うことが、もはや「重要」ではなく、「当然」の世界になったと言えるだろう。例えば、採用に関するやり取りが、メールではなくLINEを通じて行われることは、現代の多くの大学生にとっては違和感が無いという事実があるとしたら、企業経営者や採用担当者はどう感じるだろうか? 日本でも、採用に関するあらゆるコミュニケーション(求職段階から選考、入社まで)を一括して行えるプラットフォームが近いうちに登場するだろう。

CSとESの関係

それでは、「従業員経験」を改善すると自社にどのような影響があるのか? 前述の「そんなことをやって売上が上がるなら苦労しない」と言う経営者には耳よりな情報かもしれない。エンプロイヤー・ブランディングの取り組みの程度と従業員の生産性は、相互に関連性があることを示す海外の調査結果がある。エンプロイヤー・ブランディングに高いレベルで取り組んでいる企業は、従業員が高い生産性を発揮しており、中途半端な取り組み、または、全く取り組んでいない企業はやはり生産性も低いという結果だ。

「幸福感は伝播する」、「感情は伝染する」と言われる。EQ(Emotional Quotient、感情的知能)について理解のある人ならばすんなりと受け入れられると思うが、売上と利益をもたらしてくれる顧客と接するのは、基本的に前線に立つ従業員であり、その従業員が強いエンゲージメントを持ち、高い職務満足感をもって仕事に臨んでいれば、その態度や雰囲気は顧客に伝わる。製品やサービスの「顧客経験」には従業員とのコミュニケーションも含まれており、顧客は敏感である。居酒屋で飲んでいても、店員の機嫌と態度が悪ければ酒はまずくなるし、もうそのお店には行こうと思わない。エンプロイヤー・ブランディングへの意識的な取り組みが高いESを実現し、高いCSと顧客ロイヤルティを生み出すことは疑いない。

エンプロイヤー・ブランディングと企業業績についての日本における研究は皆無であり、これからの研究が待たれるところである(もちろん、職務満足感と売上の関係等の研究はこれまでになされている)。

エンプロイヤー・ブランディングにおける11の方針

以上、エンプロイヤー・ブランディングについて理解を深めるために、架空のストーリーを手始めとして、「エンゲージメント」や「従業員経験」、「雇用ライフサイクル」といった概念を交えながら、組織における具体的な問題や生産性との関係について述べてきた。

最後に、エンプロイヤー・ブランディングに意識的に取り組みたいと思っている企業や組織のために、骨子となる「11の方針」を紹介する。

①自社が望む「顧客経験」とそれを生み出すための「従業員経験」について、一つの「ブランド経験」として統合的にとらえ、明確なビジョンを持つ

②顧客と従業員により良い「ブランド経験」をもたらすために、どのように優れた価値提案を行うかについて経営者や従業員が教育訓練を受け、価値提案を支援するシステムや制度、各種の施策を整備する

③「雇用ライフサイクル」に対して、全体的、かつ、一貫したアプローチを継続するために、プロジェクトリーダーとメンバーには組織横断的に活動してもらい、それを支援する

④「従業員経験」を改善するために、自社の慣行や組織文化において変革が必要なものを特定し、会社の制度や方針を整備して変革に寄り添う

⑤「従業員経験」の評価を行い、どの「接点」が従業員に印象的に映り、感情的な動きをもたらしているかを把握した上で、改善または改革を行う

⑥自社が望む「ブランド経験」の表現とそれを裏付けるために、組織横断的に支援や教育訓練を実施するような統合的なコミュニケーション・プランを開発する

⑦自社の従業員として好ましい行動を取る従業員を選び出し、「ブランド・アンバサダー(代表・大使)」に任命する

⑧優れた「ブランド経験」をもたらしている態度や行動を取る従業員を、表彰する

⑨エンプロイヤー・ブランディングの取り組み自体を評価するために、従業員から定量、定性、両方のデータを収集してフィードバックを受け、レビューを行い、ギャップを見つける

⑩物理的な意味でも、精神的な意味でも、職場は従業員の生活スタイル上の重要な位置を占める。したがって、断片的な改善ではなく、常に全体的なアプローチを心がける

⑪創造性豊かなエンプロイヤー・ブランディングを実現するためにITを活用すべく、経営者とプロジェクトリーダー、メンバーはITについて学習し、実践するように心がける

総括

「エンプロイヤー・ブランド」とは、「雇用によりもたらされ、企業によって特色のある、職務的、経済的、心理的な恩恵のまとまり」と1996年に発表された論文で定義付けられたものである。それ以来、海外を中心に様々な議論、実践、研究が積み重ねられ、少しずつ解釈や意味に幅が出てきているように思う。

私は、「エンプロイヤー・ブランド」を簡単に表現すれば、「働く場の価値イメージ」だと考えている。イメージを想起するには表現が必要であるし、イメージを実感するには価値を裏付けるための実践と実態が不可欠と言える。要するに、「言っていること」と「やっていること」が一致して、会社の取り組みや職場の価値が従業員・求職者に前向きに伝わることで、ブランド力は高まるということだろう。

しかし、日本では長く商いに従事してきた人々によって独特の哲学が生まれ、100年を超えて生き残る企業が少なくない。今更そんな当たり前のことを、私から言われる必要はないだろうし、ましてや、アメリカを中心とした海外から言われる必要もないと思う。

人を経営の中心に考え、例えば「三方良し」の精神に則って日本の商売人たちは事業に取り組んできた歴史があるのだから、私たちは日本人としての矜持(誇り、プライド)を思い出し、それを取り戻すだけで良いのではないだろうか。

エンプロイヤー・ブランディングの考え方は、海外発信ではあるが、その精神は元々日本にあったものと非常に親和性が高い。「働く場の価値」を体系的に高める取り組みとしてエンプロイヤー・ブランディングが浸透し、日本で働く多くの人たちが、幸せになることを願うばかりである。

本説明文は(株)若水の作成によるものです。
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また、本説明文は弊社の解釈にもとづき執筆されています。
雑誌記事や論文等による学術性を保証するものではありません。

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エンプロイヤー・ブランディングについて

経緯

これまで数多くの大学新卒採用イベントに参加して、ふと思ったことがある。

学生が多く集まる企業と、そうでない企業。

名前を聞かない企業や、斜陽産業の企業に立ち見が出るほど学生が集まり、業界で知られる優良企業には学生が見向きもしない。この違いは一体何だろうか?

実情は大量採用・大量離職の企業に学生が多く集まって内定をもらっては、入社後に辞めて若者が社会へと離散する。不正・不祥事で世間を騒がせた大企業ブースにもやはり学生は訪れ、入社して企業戦士へと変貌していき、コアな部分での組織文化が変わることはなく、それに耐えられる社員が残り、出世し、やがて歴史は繰り返される。

一方で、企業における採用担当者のほとんどが「採用」のことしか考えていない。しかし、それにはそうせざるを得ない構造的な理由があると思う。

多くの場合、採用目標は一方的に設定され、担当者は人数確保のために奔走する。優秀な人材の発見と「御社が第一志望です」の言葉にぬか喜びし、寝耳に水の内定辞退が相次ぎ、人間への不信感を募らせつつ、追加の採用活動へと駆り出される。そもそも採用の人手が足りず、他の業務も山積みになっているにもかかわらず…

そして、即レスしない学生とのやり取りに時間とエネルギーを取られ(本当にこの学生は入社して大丈夫か? という思いはよそにして)、「こんなに頑張って働いているのに」、何の苦労もわからない上層部からは一方的なプレッシャーと意見が繰り出される。そうして気付いた時には、また次年度の採用活動が目前に控えていて、十分な準備も出来ないまま同じことを繰り返す。挙句の果てに、「なんでこんな人を採用したんだ?」と現場からクレームを受ける始末。

では、どうすればいいのか?

企業にとって「採用」は重要であるとは誰もが思っていながら、大局的に「採用とは何であるか?」について顧みず、効果が本当にあるかどうかわからない施策や提案に金を注ぎ込む。あるいは、必要だと思っていながらも、上層部の理解や予算確保が得られずに十分な対策ができない中小企業。

企業にとって真に重要なことは何か?

それは、「雇用」(「採用」という一時点ではない)を通じて、働く人と、役員、企業、顧客や株主など企業を取り巻くステークホルダー、そして社会が、元気で、前向きになれることである。そのためには、企業で働く人が職務満足度を上げ、モチベーションを持って仕事に取り組み、顧客にも喜ばれ、生産性が高まり、株主や社会に利益を還元することが求められる。しかし、多くの企業ではそうなっていない。「働き方改革」とは言いながら、「雇用」と「採用」をバラバラに考え、言っていることとやっていることに整合性がない。

多くの働く人と、企業の幸せのために、何かを、変える必要があるこれは、もはや人事だけでは解決できない時代に来ているのではないか?

私は、これまでの経験と現場で覚えた違和感から、これまでにない上位の概念が必要であると強く感じた。そうして数々の文献に当たり、一つの答えとして出会ったのが「エンプロイヤー・ブランディング(雇用者としてのブランディング)」である。

以下、弊社の独自の解釈により「エンプロイヤー・ブランディング」について体系的な説明を試みたい。

エンプロイヤー・ブランディング(Employer Branding)の定義

エンプロイヤー・ブランディング(雇用者としてのブランディング)とは、企業が雇用者としての立ち位置から、従業員や求職者、顧客、株主等のステークホルダーに対して、「働く場の価値」を明確かつ具体的に提示し、コーポレート・ブランドや商品ブランドと整合性のある、統合的な企業イメージを構築することである。

エンプロイヤー・ブランディングの効果

エンプロイヤー・ブランディングは、社内外の双方に対して「働く価値のある職場」として企業イメージを示し、「求職者の誘引 ➨ 採用・入社 ➨ 定着 ➨キャリア発達 ➨ 退職」という一連のサイクルに前向きな効果をもたらす。「求職者の誘引」という一局面だけに特化したブランディングではないことに、注意が必要である。

エンプロイヤー・ブランディングの位置づけ

エンプロイヤー・ブランディングは、経営戦略上、最上位に位置付けられ、他の組織戦略や営業戦略、商品戦略等の重要なレベルと同等、あるいはそれ以上のレベルで考えられなければならない。

企業が求める優秀な人材の確保は、競合を含む他社との熾烈な競争であり、経営上の最重要課題として認識されるべきで、エンプロイヤー・ブランディングは他社との差異化に大きく貢献すると考えられる。

エンプロイヤー・ブランディングの基本的な考え方

エンプロイヤー・ブランディングには「全体アプローチ」が必要となる。

もちろん、エンプロイヤー・ブランディングは、経営上高いレベルで取り組むべきものであるが、役員(社長)だけで考えるものではない。また、縦割り組織の中で、どこかの部門だけに任せるものではない(例えば、経営企画室や人事部だけ、あるいは、外部の企業に丸投げ、など)。

なぜなら、自社が「働く価値のある場」であるかどうかは、現場で働いている従業員が最も知っているからである。そこには、プラスで前向きになれる意見もあれば、耳の痛い声が出て来るかもしれない。それらを真摯に受け止め、改善への取り組みも含めて、「一つの価値」としてブランドを創り上げる。エンプロイヤー・ブランディングは誰かが上から一方的に押し付けたり、あつらえたりするものではない。

したがって、EBチームには可能な範囲で社内の各部門から代表者が集まり、現場レベルまで影響を持つ体制を取る。そうでなければ、「雇用者としてのブランディング」などとは言えない。また、可能な限り外部の専門家をチームに参加させ、目指すべきゴールに向かって適切な助言や方向づけを得るべきである。さらに、スポットで取引先や顧客などから自社イメージについてヒアリングを行うこともある。

雇用ライフサイクル

エンプロイヤー・ブランディングは、「雇用ライフサイクル(Employment Lifecycle)」にもとづいて戦略を立てる。

「雇用ライフサイクル」とは、個人が企業に興味を持ち、働く場として検討し、選考を受けて入社し、入社後の教育を受けて戦力化し、業務に取り組み、キャリアを発達させ、やがては企業を去るところまでの一連の流れを示す。

多くの場合、雇用ライフサイクルはバラバラに考えられる。その結果、「言っていること」と「やっていること」がちぐはぐになり、働く従業員や新入社員が違和感を覚え、不協和のストレスにさらされ、最悪の場合はマイナスな理由の離職につながる。

「雇用ライフサイクル」の各局面において、何が起こっているか、その具体的な事実を正負両面から明らかにして、エンプロイヤー・ブランディング戦略を立てる。その意味で、「雇用ライフサイクル」は常に意識すべき概念である。

エンプロイヤー・ブランディングの重要性 なぜ必要なのか?

エンプロイヤー・ブランディングに取り組む意味は、次の3点が挙げられる。

  • 定着に貢献する
    従業員は、自社で働くことに誇りを持っているだろうか?
    「会社の一員である」という帰属意識をもって、働いているだろうか?
    せっかくコストをかけて採用し、教育した従業員が辞めてしまっては元も子もない。特に、「優秀な従業員から辞めていく」企業は、みすみす他社のために従業員を育てているようなものである。
    エンプロイヤー・ブランディングに真剣に取り組むことは、社内の現実を直視し、問題を洗い出し、改善や改革への意識を芽生えさせることになる。もちろん、従業員と話をする中で、胸を打つようなエピソードが出てくるかもしれない。そうした前向きな気持ちを共有し、「ここで働く意味」について改めて見直し、改善を手掛けて行くことは従業員の定着につながる。
  • 採用に貢献する
    自社で働く従業員は、大切な家族や友達、仲間に職場のことを嬉しそうに話しているだろうか?
    「やらされ感」や「強制」ではなく、SNSや転職口コミサイトに、自社の価値を伝える投稿をしているだろうか?
    求職者にとって、社内の実情がわからない内は間接的に情報を得る以外ない。企業サイトや採用サイトが全てではないことは周知の事実であり、「自分がここで働いたらどうなるのか?」「自分はこの会社に合いそうか?」という具体的なイメージや情報を求め、応募するか否かに影響を与えている。実際に働いている従業員から、現場の生々しい情報が得られれば、それは求職者の意思決定に大きく影響するだろう。
    エンプロイヤー・ブランディングに取り組めば、求職者が自社に応募するプロセスに前向きな影響を与える結果となる可能性が高い。少なくとも、自社について何を言われているかも知らずに、空虚な宣伝文句を並べ立てても、白々しさが残るだけである。
  • 誇りを持つ従業員が、優秀なメンバーを連れて来る
    一般に「Sクラスの人材はSまたはAクラスの人材を、Aクラスの人材はAまたはBクラスの人材を連れて来る」と言われる。自社の従業員は、社内外の人に前向きな職場イメージを伝えているだろうか? エンプロイヤー・ブランディングに成功すると、従業員は自然に自社の「広告塔」になり、会社のため、そして、新たな仲間のために採用と定着を促す。これには、採用コストが一切かからない。

 

エンプロイヤー・ブランディングの効用 財務会計上のインパクト

コスト・メリット
これまでに企業ブランディングや商品ブランディングに多くの投資を行い、一定のブランド・イメージが世間に浸透している場合、採用にかけるコストは相対的に少なくて済む。エンプロイヤー・ブランディングに取り組むと、同様の効果が得られる。つまり、採用をしていることを声高に伝えなくとも、「応募者が勝手に来てくれる」のである。ブランド・イメージが良く、「働く価値のある場」として認識されている場合、求職者はたとえ給与が以前より下がったとしても、それを受け入れる傾向にあるという。エンプロイヤー・ブランディングはこれを後押しする。エンプロイヤー・ブランディングに成功している企業は、失敗している企業に比べて採用コストが半分で済むという調査もある。

さらに、エンプロイヤー・ブランディングは採用のミスマッチを減らす。なぜなら、取り組みの中で自社の組織文化がより明確になり、組織文化により惹きつけられる人が集まり、より組織文化に合う人が採用される結果となり、そうでない人はそもそも応募して来ないからである。ミスマッチが減れば採用費、入社後の人件費や教育費に無駄がなくなり、財務メリットにつながる。

収益の向上
さらに、優秀な従業員が入り活躍して成果をあげることで、職場は活性化され、従業員のモチベーションが高くなり、生産性も上がる。また、「働きがいのある職場だ」と認識されると、従業員はより熱心に働こうとする。そのような従業員が多ければ多いほど、企業全体の生産性が上がり、収益の向上と企業の成長へとつながる。より高い収益は会社の財務状況を改善・安定させ、働く人や求職者にとってより安全で魅力的な職場へと変わる。

従業員への価値提案(EVP=Employee Value Proposition

自社の従業員(正社員・非正規社員)は、職場のどのような価値に感情的な結び付きを感じているだろうか?

勤続年数が長く、成果を出し続けている従業員は、働く場の価値のどこに重きを置いているだろうか?

ある商品やサービスを顧客に勧める場合、その商品・サービスが持つブランド・イメージや独自の価値によって、提案内容は自ずと定まる。同様に、従業員や求職者に対して自社を積極的に働く場として提案するとしたら、何を価値として挙げられるだろうか? 福利厚生やワークライフバランスの在り方、待遇などを提示することはEVPの一つと言えるが、より重要なことはそういった価値を生み出す組織文化や創業者の考え方など、働く場を創り上げているコアな価値観を明確に示すことが、より効果的なEVPではないかと思う。「何を?」ではなく、「なぜ?」の方がより人の心に訴えかけるのである。

エンプロイヤー・ブランディング戦略

エンプロイヤー・ブランディングは、EVP(従業員への価値提案)を土台として、4つの要素から成り立っている。

  • 自社の存在目的を伝える
    「人は、”企業がする事”にお金を払うわけではない。”企業がそれをしている理由”にお金を払うのである」という言葉がある。なぜ自社はこの事業を行っているのか? 何のために自社は存在しているのか? 社内ですぐに答えられる人がいないなら、経営理念を立派な額縁に飾ったり、朝礼で唱和することなどはさっさと止めてしまった方が良い。企業の存在目的は遠い昔に過去のものとなり、誰もが「何を」に意識を向けてしまっているからだ。自社が存在している理由と、自社が持つ信念は何だろうか? もう一度、形だけとなった(あるいは、忘れ去られた)経営理念や創業の精神について考え直す時かもしれない。冒頭の言葉は「従業員は、自社がしていることのために働くわけではない。自社の存在目的のために働くのである」と言い換えられる。
  • 組織文化の柱を立てる
    長く続いている企業ほど、創業時から脈々と受け継がれている組織文化がある。組織文化は、企業内のあらゆる人々が感じ取る共通の性格や特徴のことを言う。例えば、「うちの会社はお堅い」と多くの従業員が口にする場合、真面目さや堅実さ、慎重さなどが一つの組織文化として挙げられる。好き嫌いや良い悪いではなく、組織文化は客観的に存在するシステムやルールのようなものである。それに従って従業員は日々の仕事に取り組むことになり、結果として「合う・合わない」が生じる。自社の特徴的な組織文化は何だろうか? 可能な限り多くの従業員の声を聴くことで、組織文化はより明確になる。したがって、組織文化は十社十色であり、他社と全く同じということはありえない。同業他社との区別は、究極的には存在目的と組織文化によってなされる。
  • EVPの落とし込み
    「当社は挑戦するメンバーを求めています!」と自社の採用広告で訴えた場合、「挑戦的」「挑戦を奨励・許容する」が組織文化であり、「自社で働く人に挑戦する環境を与えている」「あなたが入社したら好きなように挑戦できる」という言外のメッセージがEVPであると言える。では、本当に自社の従業員は日々の仕事の中で挑戦しているのだろうか? 挑戦を促すような仕組みや環境は、実際にどのような制度として具体化されているのだろうか? EVPや組織文化は、日常・週・月・年の中で従業員の活動として具体化され、根拠があるものとして訴えなければ意味がない。もしここで、「言っていること」と「やっていること」が異なるようであれば、既存メンバーはしらけてしまい、その言葉を当てにした新入社員はギャップにがっかりしてしまう。
  • コミュニケーション(組織外への共有)
    自社の存在目的、組織文化、EVPの落とし込みが明確かつ具体的になれば、名実ともに「働く価値のある場」として誇りを持って働く従業員が増える可能性が高い。
    最後は、社外に向けて情報が発信されることでエンプロイヤー・ブランディングが完成する。自社の存在目的、組織文化とEVPが適切に伝われば、「真に求める人物像」に当てはまる人が自分からやって来る。自社が求める層に正しく「働く場の価値」を伝えることで、「正しい採用」が行われ、ミスマッチの可能性は下がり、定着が促される。
    したがって、コーポレートサイト、採用サイト、ソーシャルメディア(SNS等)、4マス広告(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)、OOH、採用配布資料などあらゆるメディアを通じてコミュニケーションを適切に行うことが、最後のカギとなる。いくら内部的なことを充実させたとしても、伝え方がまずければ、正しい候補者は惹きつけられないし、既存メンバーのモチベーションは下がってしまう。

エンプロイヤー・ブランディングの事例

企業によってブランディングの方法に特色があるものの、特に海外の企業サイトでは「企業の存在目的」や「使命」を冒頭に掲げ、職場のイメージ形成のためにシンプルな動画で自社を紹介している。

海外企業が日本と大きく異なるのは「多様性(ダイバーシティ)」を重視した紹介を行っており、人種構成や女性管理職の割合を大きく取り上げている。また、特別に何らかの制度や取り組みをアピールするというよりも、「私たちはこう考えている」「私たちのビジョンはこうです」という内容を淡々と訴え、「だからこのような取り組みを行っている」という論理立てが明確であるように思える。

例えば、フェイスブックでは「当社のミッション 2004年に設立されたFacebookは、誰もが安心して情報を共有できる、オープンでつながりのある世界を実現したいと考えています。 人々はFacebookを使って、友達や家族と常につながり、世界で何が起きているか発見したり、自分に関連することをシェアしたり表現したりすることができます。」を冒頭で大きく打ち出し、「組織文化」を職場の写真と共に伝えている(採用サイトではなく会社紹介のページであることがおもしろい)。

一方で、日本の大卒学生に人気のある企業では、海外サイトに比べて見やすさや明るさをデザイン面で重視し、なるべく多くの情報を提供しようとする姿勢が見られる。海外の企業では、新卒・中途に限らず採用サイトを一本化し、大卒学生向けに力を注いでいるようには見えないが、日本の企業では新卒専用サイトを特設して特色を出そうとしている。

【海外】

Google:https://diversity.google/

Facebook:https://ja.newsroom.fb.com/company-info/

サウスウエスト航空:https://www.southwest.com/html/about-southwest/careers/index.html

ナイキ:https://jobs.nike.com/inclusion

https://jobs.nike.com/about

【日本】

亀田製菓:http://www.kamedaseika-saiyo.jp/

明治HD:https://www.meiji.com/recruit/

ビースタイル:https://www.bstylegroup.co.jp/recruit/

また、第三者機関による調査を利用して、その結果を自社が魅力のある職場であることに用いている事例もある。

★GREAT PLACE TO WORK(R)JAPAN「働きがいのある会社」ランキング2018
https://hatarakigai.info/

第1位(従業員1,000人以上、100~999人、25~100人未満 各一社)

シスコシステムズ:https://www.cisco.com/c/ja_jp/about/careers.html

コンカー:https://www.concur.co.jp/jobs

アクロクエスト:http://recruit.acroquest.co.jp/company

※ 以上に掲げた日本国内企業が、各社の取り組みを「エンプロイヤー・ブランディング」の一環として取り組んでいることを保証するものではありません。

【ハイネケンの一事例】

オランダのビール会社「ハイネケン」は、2013年の採用活動の様子を動画にまとめている。後半の劇的な展開は、応募者にとって一生の出来事になるだろう(決して、真似をしてほしいと言っているわけではない)。

実際、ハイネケンは「採用は、単なる従業員の雇用ではない。才能ある人への、情熱あるプロポーズだ(Recruit it is just not hiring employees. It is propose to the talented person with enthusiasm)」と謳っている。

社内におけるエンプロイヤー・ブランディングの「10の実践」

2018年3月現在、エンプロイヤー・ブランディングについて明確に説明している日本語の記事はほとんどない。

したがって、ここでは試みにエンプロイヤー・ブランディングの取り組みについて海外企業の取り組みを参考にしながら説明を試みたい。

① エンプロイヤー・ブランディングについて理解する

まず、エンプロイヤー・ブランディングについての概略とそれを取り巻く様々な考え方について、理解しておく必要がある。前述の説明を参照してある程度理解が進んだら、次の3つのことを説明できるか確認しよう。

  1. エンプロイヤー・ブランディングとは?
  2. エンプロイヤー・ブランディングが会社にとって重要である理由は?
  3. エンプロイヤー・ブランディングの社内での位置づけはどうあるべきか?

② 次の5つの質問に答える

  1. もし、ある人が御社で働きたいと思っている場合、その理由は何ですか?
  2. 経営陣は、エンプロイヤー・ブランド(働く場の価値イメージ)について理解していて、ブランド構築の経験をしたことがありますか?
  3. 従業員や求職者は、自社のエンプロイヤー・ブランドについてどう認識していますか?
  4. 「タレント・プール」(自社で採用したいと思っている、採用候補者データベース)はどの程度充実していますか?
  5. 従業員のうち何%が、自社を「働く価値がある場」として推薦しますか?

以上の質問は、自社のエンプロイヤー・ブランディングについて現状把握して、今後戦略を立てるためのきっかけとなる。

③ EB(エンプロイヤー・ブランディング)チームを編成する

エンプロイヤー・ブランディングは、全社、特に現場を巻き込む必要があるため、ある部門だけに任せたり、経営陣だけで推し進めたりするべきものではない。したがって、理想は経営者(または、広報担当取締役)直下にEBチームを編成し、各部門や現場からメンバーを集め、進める方が良い。

エンプロイヤー・ブランディングに関する説明を社内で公開して共有し、メンバーを公募しても良いし、成長機会を与えたい社員を選んでも良い。具体的な進め方がわからない場合や、社内外にどのように伝えるかが得意でない場合は、社外の専門家をチームに招き入れることで、より効率的かつ効果的な取り組みを行える。

なお、副次的な効果ではあるが、EBチームの業務に取り組むことによって、チームメンバーの自社理解、リーダーシップや社内コミュニケーション力が向上する教育機会にもなる。

④ 雇用ライフサイクルの全体像を把握する
「求職者の誘引 → 選考 → 採用 → 新入社員教育・戦力化 → 定着 → キャリア発達 → 離職」
自社の雇用ライフサイクルでは、各ステップでどのような施策が成され、どのような数値(例:「何人の応募があって、何%の人が入社に至ったか」「何%の社員が3年以上働いているか」「社員のうち、何%が自社の成果に貢献しているか」)で構成されているだろうか?

エンプロイヤー・ブランディングは、ともすると「求職者の誘引のため」と思われがちだが、そうではなく、「個人が自社を通じて得る長期的な経験」と捉え、常に全体的な思考をもとに議論を進めていく。

⑤ エンプロイヤー・ブランディング戦略を立てる

「自社の存在目的」「組織文化の柱」「EVP(従業員への価値提案)」について、経営層から現場までを巻き込んで実態を把握するために、具体的な計画を立てて、さらにその結果を受けて社内外への「コミュニケーション」をどう展開するか検討する。

全社を巻き込んで従業員の声を聴いていくための手法は様々にあり、専門家のファシリテーションを利用したり、EBチームメンバーがそのような手法を学習して実践したりしても良い。「コミュニケーション」の部分では、「餅は餅屋」でそれを得意としている専門家がいるため、彼らのアドバイスや協力を得ることが必要になる(自社が既に得意であれば、問題はない)。

また、戦略上、必ず「目標」と「効果測定」は必須のテーマであり、無理のない範囲で設定が求められる。ただし、エンプロイヤー・ブランディングは特定の個人や部門の利益のために行うわけではないので、目標が独りよがりにならないように注意する必要がある。

⑥ 時代の変化を認識する

もし若手の採用・定着・活躍を促そうとしている場合、若者がどのような価値観を持ち、どういったコミュニケーションを望ましいと考えているか、自分たちの認識とのギャップを埋める必要がある。また、中途採用を進めたいと考えているならば、採用チャネルの種類や特徴、求職者が参考にしているサイトや情報等、自社を取り巻く時代環境をよく理解する必要がある。

⑦ リスクを受け止める
エンプロイヤー・ブランディングを進める上で、衝撃的な事実が発覚したり、耳を覆いたくなるような声があがったりするかもしれない。

また、社内のこうした取り組みを快く思わない従業員がいるだろう(「そんなことをするくらいならもっと給料を上げてほしい」「即効性のある改善をしてほしい」など)。自社の現実の姿を目の当たりにして、メンバーがショックを受けてモチベーションを下げたり、離脱したりする可能性があることを認識しておく。また、社内外へと情報発信をしたり、ブランディングを行ったりする中で、何らかのマイナスの反応が得られるかもしれない。

いずれにしても、エンプロイヤー・ブランディングは一時的な取り組みではなく、今後自社をもっとより良い企業へと変えていくための社内改革の一環と捉えれば、腰を据えてじっくりと周囲に理解を得ながら進めていくべきものだと考えられる。

⑧ 関係部門への配慮を忘れない
エンプロイヤー・ブランディングの取り組みによって、逆に「働く場の価値」が下がってしまっては元も子もない。

EBチームの取り組み内容について、特に利害関係を持つ人や関係部門がある場合は、今後の取り組みについて簡単にでも理解を得て進めた方が良いだろう(もちろん、その部門のメンバーがいれば積極的に情報を共有してもらう)。エンプロイヤー・ブランディングは、人事部や広報部(コーポレート・ブランディングや商品ブランディングを行っている部署)などと関係する可能性が高い。

⑨ 現代に則したデジタル化を心がける
インターネットやスマートフォンの普及とテクノロジーの進化は、人々のコミュニケーションの在り方を次々に変えている。それを踏まえた上で、自社のエンプロイヤー・ブランディングにおいて時代に合ったデジタル化をしなければならない。

例えば、EBチームの取り組みについて社内で情報共有する場合は、ポータルサイトを立ち上げたり、LINEを利用したりする(職場環境によっては紙で貼り出すことが速い場合もあるので、デジタルを押し付けるつもりはない)。

また、社外への情報公開のために採用(キャリア)サイトを立ち上げる場合は、必ず「モバイル対応にする」や「人気の採用サイトに情報を掲載する」、「制作した動画をyoutubeで公開する」など、デザイン面にも意識を向けてブランディングをして行きたい。

⑩ 他社の事例を積極的に学び、取り入れる

EVP(従業員への価値提案)の具体化では、福利厚生や働き方改革の取り組みにおいて他社事例が参考になる場合がある(他社は、エンプロイヤー・ブランディングの一環として行っていないかもしれないが)。

実際に他社の工夫について従業員から話を聴いたり、「GREAT PLACE TO WORK(R)JAPAN」主催の「働きがいのある会社」ランキングなどを参考にしたりして、自社の存在目的と組織文化に合った制度を選別して、取り入れよう。

エンプロイヤー・ブランディングの歴史

「エンプロイヤー・ブランド(Employer Brand)」とは、90年代に初めて登場した言葉で、1996年に論文で定義付けされた(Simon Barrow, Tim Ambler, 1996)。この時の定義は「雇用によりもたらされ、企業によって特色のある、職務的、経済的、心理的な恩恵のまとまり」とされ、「人的資源管理の分野に一般のブランドマネジメントの手法を応用する試み」として紹介されている。

2001年、北米の先進的企業を対象にした調査では40%の企業がエンプロイヤー・ブランディングについて何らかの取り組みを行っていると回答し、その後、経営者や人事部門、人事部門以外のビジネスマンにも認知され、2000年代後半に関連書籍が発行された。エンプロイヤー・ブランディングは、当初「余裕があれば取り組んだ方が良い」といった程度のもので特に話題にも上らなかったが、現在では「経営戦略に統合すべき必要不可欠のもの」として認識され、北米にとどまらずヨーロッパ、オーストラリア、アジアにその考え方は広まりつつある。

現在では、毎年「World Employer Branding Day」という国際フォーラムが開催され(2018年4月はプラハ)、40ヵ国以上から参加者が集まっている。

本説明文は(株)若水の作成によるものです。
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