交渉はゼロサム型、ノンゼロサム型、いずれのスタイルを取るにしても、私たちは何らかの目標や意図をもって臨んでいる。
目標や意図の実現をするには、交渉からできるだけ多くのチャンスをつかむ必要がある。
しかし、多くの交渉場面では、私たちに悪影響を与えているバイアス(偏見)がある。
このバイアスについて知り、特性を押さえることで交渉を有利に進めたり、当初思ってはいなかった展開に運ぶことができる。
① 不合理な固執(サンクコスト=埋没費用へのこだわり)
人は合理的に考えられ、アドバイスされたやり方よりも、過去に選んだ行動の方向性をそのまま持ち続ける傾向がある。
すでに投資してしまった時間と資金(サンクコスト=埋没費用)は回収不能であるのに、それにこだわってしまい、誤った方向に進むことで膨大な時間、労力、資金の浪費につながってしまう。
ここで取るべきは「離」であり、泥沼から抜け出すための果断が必要である。
② 固定総量の思い込み
自分たちが得をするには、相手に損をさせなければならないという決めつけ。パイの大きさ=固定総量が、最初から決まっていると思い込むことではまってしまう。
Win-Winの道を模索する統合型の交渉を、最初から捨てることになるので、交渉の前提をとらえ直すことが必要となる。
③ アンカリングと適応
人は交渉において、最初に提示された情報にこだわって判断を下す傾向にある。たとえば、価格の交渉について初回の場面で「100万円」と言えば、それが相手の頭の中に残り、100万円を基準に高いか低いかが判断される。
このように最初に出した情報が、交渉に対して船のいかり(アンカー)のような働きをすることを、アンカリングと呼ぶ。
最初の情報は、とりあえず言ってみた程度の重要でない場合もある。したがって、有能な交渉者は最初のこだわりによって、状況判断に用いる情報量や思考の深さを狭めてしまうことはない。
また、交渉の早すぎる段階で相手の最初の申し出を重視しすぎることもない。
④ 交渉における言い回し
人は、情報がどのような形で提示されるかによって、過度の影響を受ける傾向がある。
たとえば労使間交渉で、組合側が「4,000円」のベースアップを希望しているとして、経営側が「2,000円」までベアの準備があったとする。組合側がその2,000円を勝ち取った場合、「組合の要求よりも2,000円少ない」と表現するよりも、「(現行よりも)2,000円多い」とうまく表現した場合では、同じ金額であるにもかかわらず組合側の受け取る反応は良くなる可能性が高い。
⑤ 情報の入手しやすさ
交渉者はより重要なデータを無視して、自分が簡単に入手できる情報に頼りがちになる。
普通、何度も見聞きすることは記憶に残りやすく、いつでも思い出すことができる(自分のファンである野球チームの試合結果など)。
また、印象的な出来事も覚えやすく思い出しやすい(昨日起きた重大な事故など)。
慣れ親しんだり印象深いため、思い出しやすい情報は信頼できない場合でも、信頼できると認知してしまう場合がある。
有能な交渉者ほど、感情的に慣れ親しんだものと信用できる重要な情報とを区別するスキルを持っている。
⑥ 勝者の呪い
100万円で売られている中古商品を、交渉によって価格を下げ、購入しようと思っているとする。
97万円まで出してもよいと思っているが、とりあえず95万円でどうかと言ったところ、意外にもすんなりと売り手は受け入れた。
意気揚々と自宅に持ち帰ったものの、その夜は「確かに予定より2万円安くはなったが、それでもまだ安くできたのでは…」と自分が多く払い過ぎたような気がして眠れない。
このような体験を「勝者の呪い」と呼び、交渉を終えた後に感じる後悔の念のことを意味する。
通常、販売交渉においては一方が他方よりもはるかに多くの情報を持っている(情報の非対称性)。
しかし、交渉では相手も頭を働かせていることを忘れてしまい、相手の判断についてわかるような貴重な情報を無視してしまう。
できるだけ多くの情報を手に入れ、相手の立場に立って考えれば、「呪い」を軽減することができる。
⑦ 自信過剰
以上のバイアスの多くは、組み合わさってはたらくことで自分の判断や選択に対する自信を不当に増大させるリスクがある。
ある思い込みや信念、期待を持っていると、人はそれらと矛盾する情報を無視する傾向(自信過剰)に陥ってしまうのである。
また、自信過剰に陥ると、妥協する余地がなくなってしまう。他者のアドバイスを検討し、中立の立場にある第三者に自分の立場を客観的に評価してもらうことで、自信過剰の傾向をやわらげることができる。
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